留学を決めたのが、会社の新人研修が始まる前の2023年2月頃でした。
今振り返ると、本当に馬鹿だったなって思います。笑
まだ社会人にもなっていないのに、「1年後には会社を辞めてセブへ留学する。」って勝手に決めていたんですから。
今思えば相当リスキーですよね。
でも当時の僕は、不安とかリスクとかを考えている余裕はありませんでした。
「1年間働いて、お金を貯めて、セブへ行く。」
本当にそれだけでした。
根拠なんて何もありません。
ただ、目の前のことをがむしゃらにやる。
それが当時23歳だった僕でした。
会社の新人研修は4泊5日の寮生活でした。
いわゆるバリバリの体育会系です。
朝は社歌で起床。
起きたらすぐ布団を畳んで点呼。
そこから座学や実習が始まり、夜10時にまた点呼をして1日が終わります。
警備業界の研修ということもあり、少し自衛隊みたいな雰囲気でした。
ただ、僕はもともと野球をやっていたので、そこまで抵抗はなく、
「なんか懐かしいな。」
そんなことを思っていました。
今振り返ると、結構いい経験だったなと思います。
ちなみにこの頃はちょうどWBCが開催されていて、大谷選手の試合をめちゃくちゃ見たかったのを今でも覚えています。笑
研修が終わった後は、英語で日記を書いてから寝る。
大した英語ではなかったと思いますが、セブへ行くと決めていたので、とにかく少しでも英語に触れようとしていました。
そんな研修中、僕の頭の中にずっとあったのは、
「1年後には、この会社を離れてセブへ行く。」
ということでした。
今思えば会社には失礼ですよね。笑
でも、本当にそのことしか考えていませんでした。
状況は全然違いますが、当時の自分は『進撃の巨人』のライナーとベルトルトみたいな感覚でしたw
周りのみんなと同じように研修を受けて、同じ会社で働き始める。
でも、自分の中ではもう次の目的地が決まっていたんです。
「1年間働いて、お金を貯めて、セブへ行く。」
それだけを考えながら毎日を過ごしていました。
完全に厨二病ですよね。笑
新卒として働き始めた
研修が終わり、4月から新入社員として働き始めました。
会社はみなとみらいにありました。
初めて会社へ向かった時は、
「おぉ、こんなところで働くのか。」
と、少し楽しみな気持ちもありました。
みなとみらいと聞くと、なんとなくキラキラした社会人生活を想像しますよね。
まぁ、現実はそんなにキラキラしていませんでしたけど。笑
僕には、1年間専属の上司がついてくれて、営業先にも常に一緒に回ってもらっていました。
その上司は、警備の現場で10年以上働いていましたが、営業としては2年目だったそうです。
初めの頃に、
「俺も営業は新人だから、一緒に頑張ろう。」
と言われたのを今でも覚えています。
上司はすごく優しい人で、僕にはいつも、
「残業しちゃダメだよ。早く帰りな。」
と言ってくれていました。
その一方で、上司本人は夜中まで残業していて、深夜4時頃にメールが届くこともザラにありました。笑
今思えば、いわゆるブラック企業だったと思います。
まさか上司が先に辞めるとは
そんな上司が、入社して半年ほどで会社を辞めることになりました。
奥さんから、
「仕事と家族、どっちを選ぶの?」
と言われ、家族を選んだそうです。
まさか、1年で辞める予定だった僕よりも先に、上司が辞めるとは思ってもいませんでした。笑
人生、本当に何が起きるか分からないですよね。
ただ、上司が辞める時に、しっかりとした引き継ぎがあったわけではありませんでした。
そして気づけば、入社半年ほどの僕がほぼ一人で担当を任されるようになりました。
まぁ、人手不足だったんでしょうね。笑
もちろん、うまくいかないこともたくさんありました。
失敗することもあったし、怒られることもありました。
まだ社会人1年目なので、分からないことばかりです。
それでも僕は、目の前の仕事をやるしかありませんでした。
僕には最終的な目標があったからです。
「1年間働いて、お金を貯めて、セブへ行く。」
何があっても、とにかくそこへ向かって進む。
それだけを考えていました。
みなとみらいの帰り道

仕事が終わり、みなとみらいを歩いて帰ると、いつもたくさんのカップルがいました。
特にクリスマスやイベントの時期になると、さらに増えます。
夜景も綺麗で、周りには楽しそうなカップルばかり。
そんな光景を見ながら、
「俺も彼女と別れなければよかったかな。」
と思うこともありました。
正直、羨ましかったです。笑
自分で別れると決めたとはいえ、何も感じなかったわけではありません。
でも、そのたびに、
「いや、俺は今それをしている場合ではない。」
「まずは目の前のことをやるしかない。」
そう思いながら、駅まで歩いていました。
人生って、うまくいかないことばかりですよね。
社会は平等ではないし、頑張ったからといって、すべてがうまくいくわけでもありません。
ただ僕は、日本に生まれた時点で、ある程度恵まれているとも思っていました。
ご飯はおいしいし、働く場所もある。
そして、自分がやりたいと思ったことに挑戦できる環境もある。
だからこそ、今の自分にできることを、とにかくがむしゃらにやろうと思っていました。
辞めることを部長に伝えた日
そして、辞めることを部長に伝えた日が来ました。
もちろん、何か言われることは覚悟していました。
部長から言われた言葉は、今でも鮮明に覚えています。
「あのな、お前はまだ新人なんだ。」
「会社から見てもそうだけど、社会から見ても新人だ。」
「普通は3年働く。」
「お前のそういうところが弱い部分だと思うぞ。」
正直、部長の言っていることは間違っていませんでした。
反論の余地もありませんでした。
まだ23歳で、社会人1年目。
経験も実績もない自分が、何を言っても説得力はありません。
それでも、その時の僕には初めて本気でやりたいことがありました。
だから僕は、
「僕には、やりたいことがあります。」
そう伝えました。
部長は少し苦笑いをしていました。
きっと、
「若いやつが何か言ってるな。」
そのくらいに思っていたんだと思います。笑
でも、それでよかったんです。
僕は誰かを納得させたかったわけではありません。
自分で決めた道を、自分の意思で進みたかった。
ただ、それだけでした。
