本当にごく普通の学生でした
このブログでは嘘偽りなく、自分が当時思っていたことをそのまま書いていきたいと思います。笑
僕は大学4年生の夏に就職活動を始めました。
多分、周りの中では1番遅かったと思います。
そもそも僕は、高校を卒業したら働くか、専門学校に行くかのどちらかで、大学には行かない予定でした。
ただ、高校では少し成績が良かったので、先生から「推薦で奨学金半分くらい免除で大学に行けるよ」と言われたことがきっかけで、大学に行くことになりました。
ちなみに僕が通っていた高校は、ネットの掲示板で「スラム街へようこそ」と紹介されるくらいの、誰でも入れるような地元でも偏差値の低い高校でした。笑
財布の中のお金がぬかれたこともありましたww
スラム街出身校ではありますが、本当にごく普通の学生でした。
小学校4年生から中学3年生までは野球をやって、高校ではバイトをしながらゲームの世界にどハマり。(当時はGTA5,COD,Fortnite,APEXなど)
大学ではコロナの影響で2年間ほとんど大学に行けなかったものの、まあバイトをしながらのほほんと生きていました。
大きな夢があったわけでもないし、何かに向かってめちゃくちゃ努力した経験もありませんでした。
まあ当たり前の話ですが、そんな何も目標もなく生きてきた人間が、いきなり
「就職活動をしてください」
と言われても、やりたいことなんて何もありませんよね。笑
早い人は大学2年生、3年生くらいから就職活動を始めていましたが、僕はずっと余裕ぶっこいていて、大学4年生の7月になって、
「あれ?これ流石にまずくね?」
と思って、ようやく就職活動を始めました。
インターンシップも、
「なにそれ?」
くらいの、本当に世間知らずな大学生でした。笑
それでも、
「まあ、なんとかなるでしょ」
と本気で思っていました。
結果的には本当になんとかなって、警備業界の営業職に就職することが決まりました。
ただ、就職活動をしている中で、初めて本気で自分の将来について考えるようになりました。
就職活動の一環で「自己分析」というものをやって、
「俺って本当は何がしたいんだろう?」
と考えてみました。
その結果、出た答えは……
何もありませんでした。笑
やりたいこともない。
特別なスキルもない。
将来どうなりたいのかも分からない。
そこで初めて、自分の将来に少し焦りを感じました。
「俺、このままでいいのか?」
「このままずっと同じところで働くのかな?」
そんなことを就職活動をしている最中に考えていました。
まだ何も始まってもいないのに。笑
25歳までに英語を話せるようになりたい
就職活動が終わったのは、大学4年生の11月頃でした。
就職までまだ時間があったので、
「何か自分のスキルが欲しい」
と思い始めました。
なんでもいい。
何か一つくらい、自分にできることが欲しい。
そんな感じでした。
時間もかなりあったので、家で海外ドラマとかを見ているうちに、
「いつか海外に住んでみたいな」
と思うようになりました。
そこで、当時22歳だった僕は、
「25歳までに英語を話せるようになりたい」
と本気で思いました。
ちなみに、僕は昔から海外にめちゃくちゃ興味があったわけではありません。
学生時代に英語の成績が良かったわけでもないし、もちろん英語を話したことすらありませんでした。
ただ、何か長期的に続けられるものを探していて、たまたま見つけたのが英語でした。
僕は結構イタイ人間で、何のスキルもないのに、なぜか昔から根拠のない自信だけはありました。笑
「海外に出れば、きっと何か変わるでしょ」
みたいな。笑
今考えると本当に根拠は何もありません。
でも、この根拠のない自信が、結果的には良かったのかもしれません。
セブ留学を知ったきっかけ
僕はすぐに、大学時代に英語ができた友人に連絡しました。
その友人とは大学の英語のクラスが同じで、僕は分からない問題があるたびに、その人のところに行って答えを聞いていました。笑
なので僕の中では、
「この人=英語ができる人」
という認識でした。笑
その友人に、
「俺、25歳までに英語を話せるようになりたいんだけど、どうやって勉強したらいい?」
と聞いて、英語の勉強方法を教えてもらいました。
そして、その友人が卒業後にカナダへ留学するという話を聞きました。
そこで話をしている中で、短期でフィリピン留学ができることを知りました。
当時、大学の友達にこんなLINEを送っていました。
「25歳までに英語を話せるようになりたい。」
今見ると少し恥ずかしいですが、本気でした。笑


僕は速攻で調べて、留学エージェントに連絡しました。
そこで気になった学校について聞いてみると、
「その学校は最短でも1年くらい予約待ちです」
と言われました。
その時は、
「え?そんな人気あるの?」
って普通に驚きました。笑
でも、少し考えて、
「1年待ちか……逆にちょうどいいな」
と思いました。
いつか行こう、いつか行こうと思っていたら、あっという間に30歳になる。
だったら、
「よし。1年間働いて、お金を貯めて行こう」
そう決めました。
会社の研修が始まる前の2023年2月頃だったと思います。
そして、そのまま留学の契約をしました。
2023年4月、僕は新卒で会社に入社しました。
もちろん……
親には何も言っていませんでした。笑
「俺、来年留学行くわ。笑」
そして入社して1ヶ月くらい経った頃、親に留学のことを話しました。
「あのさ、俺、来年留学行くわ。笑」
今思えば、本当に勝手だったと思います。
当時の僕は、
「自分のお金で行くし、俺の人生だから」
くらいに思っていました。
でも、親からしたら心配するのは当然ですよね。
何もスキルもない。
勉強ができるわけでもない。
ましてや、せっかく新卒で入った会社を1年で辞める。
そして留学に行ったからといって、必ず英語が話せるようになるわけでもない。
親からも、
「留学に行ったけど、結局英語が話せない人も知ってるよ」
みたいな厳しい意見をもらいました。
まあ、今なら親の言っていたことも分かります。
普通に心配しますよね。笑
ただ、当時の僕は完全にゾーンに入っていました。
何を言われても、
「いや、俺は行く」
という意思は変わりませんでした。
そこから怒涛の貯金生活
そこからは、とにかくお金を貯めました。
フィリピン留学は欧米への留学と比べると安いと言われています。
でも、それでも僕にとっては大金です。
そもそも僕は裕福な家庭で育ったわけでもありません。
ただ、当時は実家で暮らしていたので、留学のために貯金できる環境を作ってくれた親には本当に感謝しています。
そこからは怒涛の貯金生活です。
友達と遊ぶ時間も完全になくしました。
そして、当時付き合っていた彼女ともお別れしました。
正直、そこまでしないとダメだなと思っていました。
今振り返ってみると、どこか自分の中で「自立したい」「親元から離れたい」という気持ちもあったんだと思います。
それまでの僕は、誰かに「頑張れ」と言われて頑張ることはあっても、自分で何かを見つけて、自分の意思で本気で頑張った経験がほとんどありませんでした。
だからこそ、今回は全部自分で決めてみたかったんだと思います。
留学に行くことも、お金を貯めることも、会社を辞めることも。
全部自分で決めて、もし失敗しても誰かのせいにはできない。
「失敗しても全部自分の責任」
そんな状況を自分で作りたかったんだと思います。
今考えると、相当ドMですよね。笑
でも、自分で決めたことだからこそ、途中で「やっぱりやめよう」とは絶対にしたくありませんでした。
当時の自分を『進撃の巨人』のシーンで例えるなら
今振り返ると、当時の自分はちょっと異常なくらい覚悟が決まっていました。笑
当時の自分を例えるなら、『進撃の巨人』のあるシーンが一番近いです。
エレンの父・グリシャがある決断を躊躇している時に、未来のエレンが父親の背中を押すようなシーンがあるんですけど、僕の中ではまさにあんな感じでした。
未来の自分が、「お前はここで行動しろ」「このままで終わるな」って、今の自分にずっと言っているような感覚。
完全に厨二病ですよねwww
でも、本当に当時はそんな感覚だったんです。
「今ここで動かなかったら、将来絶対に後悔する」
なぜかそれだけは本気で思っていました。
だから、周りから何を言われても、自分の中ではもう答えは決まっていたんだと思います。
そして、1年間働いてお金を貯めて、新卒で入った会社を退職。
僕はセブ留学へ行くことになりました。
当時の僕の目標は、本当にシンプルでした。
「25歳までに英語を話せるようになりたい。」
ただ、それだけでした。
この時はまだ、セブ留学に行ったことがきっかけで、その後自分がフィリピンで働くことになるなんて全く想像もしていませんでした。
人生って、本当に何があるか分からないですよね。笑
今振り返ってみると、あの時22歳の自分が、
「英語を話せるようになりたい」
と思って行動したことが、少しずつ今の人生につながっているんだなと思います。

